スカッとさわやか略奪愛


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略奪愛の魅力に参っちゃった!

略奪愛 人と人 心と心 つなぐ

2017年の3月、
facebookにUPした
人生でステージアップした時の話。(ちょっと補足あり)
・・・どこから書けば良いのか。今年で私は在韓18年になる。正直に書こうと思うので、気分を害した場合はスルーしてください。
学生時代に日本で今の夫、ジョニ君と出会い、お互いが略奪愛の末の大恋愛。卒業後、就職氷河期といわれてた時代にも関わらず、大企業の社長だった父の会社に安泰の就職。それなのに勤めて1年でワガママ言って退社し、23歳で周りに反対されつつ大恋愛の末の国際結婚。
芸能人も住んでた目白のマンションに新居を構えていたのだが、ジョニ君の「アメリカに行くよ!」の一言に、気付いたら夫婦で渡米…。あれよあれよとワシントンD.C.の横にあるメリーランド州のメリーランド大学に夫婦で通うことになり、韓国がIMFで大変な時、円も『1ドル=147円』とかいうありえない時期に米国にて新婚大学生活突入。
それでも在米中はカナダのナイアガラから→NY→フロリダまで、夫婦で東海岸を縦断しながら大学に通い、楽しい新婚生活を送っていた。

正に順風満帆な人生で、ここまでが私の思うこの世に私が生を受けてからの快調過ぎた
人生の第1ステージ。
クリア
その後、第2ステージとして国際引越しにて

韓国に移住。

この第2ステージが、私にとって本当に人生最も過酷で、何度も挫折感を味わうステージとなる。

私は元々韓国が好きではなかった。たまたま恋愛し結婚したのが韓国人なだけであって、しかも出会ったのは日本で、韓国に対して興味なんて全くなかった。
そして昔の日本は、水商売で多くの韓国人女性が日本に不法滞在してた為、どちらかと言うとちょっとそんな目で見てた。

米国から帰国しジョニ君が韓国で自営を始めた事で韓国に移住したのだけど、韓国に来てみると歩道はあちこち穴が開いていたり、斜めだったり、凸凹だったり…とにかくヒールを履いて道を真っ直ぐ歩くなんて、とてもじゃないけどできなかった。
常にゴミが道に溢れかえり、平気で道にゴミを捨てる韓国人。
カァァ~ペッ!とあちこちに痰を吐く老若男女の韓国人。
ドラマでも道端でも、人目を気にせず女同士がお互いの髪の毛を掴みながらケンカする韓国人。
クチャクチャ音をたてて食べる韓国人。

常に熱くてケンカっぱやくて、朝からドラマの中で女の怒鳴り合いの声や、カフェで相手の顔への水かけシーン(←これ実在するんだよ、ドラマだからじゃないんだよ)
とにかく、毎日不愉快になる事しか目に映らないし耳に入ってこなかった。

そして韓国の一般家庭では、姑がナゼだか偉くて絶対的な存在で、嫁は家政婦か?と思うような扱いをする風習。

本当に全てが嫌だった。

旧正月や秋夕の時は常に「なんで私、こんな大量の料理作ってんの?」「なんで私、こんな所でお皿洗ってんの?」「なんで私、こんな所でこの人達(義父母)の機嫌とってんの?」「なんで私が?なんで私が?」の連続だった。
「ねぇ私、一応社長令嬢なんですけど。その私がなんでココでこんな事しなくちゃいけないワケ!?」と言う変なプライドや自負も捨てられなかった。
ジョニ君に対しても「私がココでこんな苦労をするだけの価値ある男なのか!?」と思い始めていた。
本当に全てが嫌だった(↑しつこい程に繰り返すw)
最初は人に「韓国ではそうだから…」と言われれば『郷に入っては郷に従え』と思っていたので「あ、そーなんだ~」と素直に聞いていたことも、いつからか
「はぁ?なんで私が?」
「ちょっと!韓国に住んでるだけでも感謝してよね!」
と言い出し、結局は本来 韓国嫁のする事は一切何もしなくなるんですけどね笑

そんなこんなで、ここ18年の間に思いもかけない『韓流ブーム』などが日本を風靡する。

その時は友人や兄から『ゆりなりんって最先端を走ってたんだねぇ~すごいじゃーん!先見の明があるんじゃない?』などと言われたりしたけど、私は一向に韓国を好きになれず、嫌いなのは変わらなかった。
むしろ、なんでそんな韓流ブームなんてモノが巻き起こるのか全くもって理解できなかった。

韓流ブームから韓国人男性と恋愛したい、結婚したい日本女子がいきなり増えた。日韓カップルの先駆けとして色んな人から色んな相談を受けたけど、私は一点として韓国人との国際結婚は『やめた方がいい。絶対に薦めない。考え直した方がいい!』と言い通した笑 

そんな私が在韓していた18年間で、最も辛かったのは子供達が小学校に入ってからの 6年間だ。
(でも長くなり文字制限に引っ掛かったので、続きはvol.2へ)
『コチラ vol.2』


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